市松文様
(この文章は、
わたしのfacebook投稿
2017/1/29日付からの転載です。)
紋様よもやま話。
1月が終わってしまう前に
市松文様をご紹介します。
お正月、広告媒体は市松文様で溢れていましたね。
昨年末、百貨店さんの催事でも
市松(金色)のコースターだけ初日に
完売してしまいました。(驚きました・・)
DNAに刻まれているかのような、
お正月=市松の方程式。
しかし、どうしてそうなってしまったのでしょう?
・・全く謎です。(三ε三)
「市松」の名前は、
歌舞伎役者の初代佐野川市松から。
衣装で着た袴が、その由来です。
けれど、以前から「市松」柄自体は
存在していて
「石畳」もしくは
「霰」と呼ばれていたそうです。
古いものだと、
織物が正倉院にも納められているのだとか。
(世界中で「チェック」柄の原始的な織物は見られると思うので
きっと「織る」という行為と相性がいいのでしょうね。
とにかくシルクロードを渡ってきたのは確かなようです。
それ以前からもあったのかもしれませんが・・。)
また
平安時代、皇太子は、
冬の直衣(のうし。日常着の意味だが公的装い)として
袴に「窠霰(かにあられ)」柄の指貫を履いたそうです。
窠霰は、窠+霰の複合柄です。
(窠の模様がところどころに入ったチェック柄。)
今でも「有職文様」(ゆうそくもんよう)の一つとして
伝えられていますね。
金襴では、今もよく目にするという印象です。
(ところで、「有職」は博識、教養があるという意味ですが
具体的には、宮中や公家の儀式、装束、調度について、
を指すそうです。
有識者 → 上記について詳しい人。研究者。
有職文様 → 上記で使われる器物に施された文様。
そういうことらしいです。)
さて、
本来、そんな由緒正しい
有職文様のチェック柄、霰ですが、
佐野川市松の袴以降、
「市松」としての大ブレイクします。
紺と白のコントラストの強いものだったそうです。
一気に江戸らしい「粋」な雰囲気が漂いますね。
(個人的な見解として、
「織り」から「染め」の変化が
このブレイクのポイントだったんではないかと
想像してしまいます・・。)
そして、今に至ります。
(面白いのは、市松ブレイク以降、納言以上の位の人は
市松文様の着物を着なくなった、という話もあるそうです。
大衆化したんですね。)
オリンピックもあって
一段と注目される市松ですが、
個人的にも
モダンな感じ&デジタルな感じ(0,1二進法の美)が
して好きなので、
じゃんじゃん使っていきたいと思っています。
(結局、なぜ、お正月イメージがついたのか
本当、不思議です。・・
単に派手で
おめでたい感じがするからでしょうか・・(三ε三) )