sakura
(この文章は、
 わたしのfacebook投稿
 2017/4/1日付からの転載です。)

文様よもやま話。

花、開きました。
(京都は31日、開花宣言となりました。)

このタイミングを逃すわけにもいかず・・
「さくら」紋のお話です。

画像の文様は、線画で描かれた桜です。

鋸歯のない若葉も顔を覗かせているので
品種としてはヤマザクラでしょうか・・?

わかりません・・。

いまや日本の桜の7~8割は
ソメイヨシノらしいのですが

桜の品種自体は300以上にも及ぶそうで
見分けることは非常に困難です・・

「桜と聞くと、気分は上がるけれども
 本当はよくわかってない・・」

案外、多くの人はそうでないでしょうか。
・・という訳で桜薀蓄、始めます。

桜の語源は次の2通りが主流だそうで

①「さ(稲の精霊)」+「くら(神の座)」
⇨冬を終え、稲の神様が降りてくる場所の意。
(「酒」も「さつき」も「早乙女」も「早苗」も
 この「さ(稲の精霊)+」のパターン説です・・。
(肴は、酒+な(副食、おかずの意)の応用型。))

②「咲く」+「(接尾辞)ら」
⇨咲く(もの)ら。とてもシンプル。

どちらにしろ、民俗学では
古代の桜は稲の豊凶を占う呪い、祈りの対象
として位置付けられています。

今では小学校の校庭に咲くような身近な花ですが
本来、畏怖すべき山中、人界の外にある存在だったようです。

暦すらも成立していない(機能していない)時代、
山中でひっそりと冬の終わりを知らせるように咲く
山桜(ヤマザクラの品種に限らない)は
きっと人々を勇気付けてくれたんでしょうね。

梅がまだ中国から入ってきていない時代のことです。

(ところで・・
 昔、平安時代までは
「花といえば、桜ではなく梅だった」などと言われますが
 少し誤解を生む言い回しと思われます。
 
 補足するなら、
 昔=『万葉集』の編纂期は、
 梅の伝来(遣唐使)の時期と近く
 この期間においては、中国の詩の流行も相まって
 「花といえば梅だった」という話のようです。)

さて。

桜の鑑賞する対象としての側面が
はっきりと浮かび上がってくるのは
平安時代に入ってからです。

『古今集』には、
平安京の街路樹の桜を詠んだ歌がありますし

『枕草子』には、
室内の瓶に飾られた桜を批評?する箇所があります。

(これに合わせて装束の世界では、
 「桜襲」というかさね目(=コーディネート)が
 登場しています。

 その組み合わせ方は、意見が分かれるところだそうです。
 近畿地方の野生種の桜だから、おそらくヤマザクラ・・。

 ということは「赤」い葉っぱに「白」い花弁。
 基本はその線なのでしょうが・・)

いつの間にやら、世俗的空間に
桜が取り入れられている訳です。

やんごとなきみやびな貴族ライフの中では
桜に対する畏敬の念が薄まり、
審美的な目が向けられています。

花見の起源も、
この時代に嵯峨天皇が神泉苑で行った「花宴の節(せち)」
と言われることが多いです。桜の花限定ではないですが。

(飲めや歌えやの宴会スタイルの祖は秀吉、
 醍醐の花見と言われます。

 庶民の花見はもう少し後の時代からではないか、
 と思われますが、

 暴れん坊General吉宗は
 町衆の福利厚生を目的として
 桜の植樹事業を行なっています。)

こうしてグッと身近な存在になった桜です。

交雑品の中から園芸価値の高いものの選定&栽培も
行われるようになりました。

(ちなみに、
 鎌倉時代には既に「クローン」桜は誕生しています。

 接木するシーンが藤原定家の日記にあるそうで・・
 ソメイヨシノばかりが言われますが

 少なくともソメイヨシノ誕生(発見?)の650年程前から
 脈々と「クローン」桜の歴史は紡がれていた訳です。)

段々と積極的に桜に愛情を注ぐ日本人の姿が
浮かび上がってきました。

それでも、桜がどうしてここまで
特別扱いされる花になったのか・・
わからないことは多いです。

その経緯には色々な意見、
妄想があるのでしょうが、
私は回避します。

(インターネット上には、
 「さすがにそれはどうかと・・」思うものや
 「堂々と嘘八百を!」
 
 というようなものも散見されます・・
 お勉強したことをこんなに
 クドクドと書く動機にもなりました
 
 ・・スミマセン。)

・・・

文様の話だとしばらくの間
忘れていました・・

「さくら」紋。バリエーション豊富です。
「花吹雪」、「花筏」、「桜川」は
シチュエーションによるバリエーションです。

咲き誇る桜だけでなく、
今まさに散る桜、
散った桜、

どの瞬間も慈しむような視線で
描写され文様化されています。

そのほかにも
「枝垂れ桜」、「八重桜」といった品種、
「桜山」といった名所(吉野をさす)、
「桜楓」といった組み合わせ(フルシーズン化)、
「桜小紋」といった技法、

それぞれ区別され、
別個の意味合いが生じています。

が、大まかな「さくら」紋全般の
意味合いとしては

前途を祝す、繁栄、門出の祝いなどが
よく紹介されています。

門出の祝いは、
比較的新しいイメージでしょうか?

卒業、進級など
ステップアップの時期に合わせて咲く桜の風景は、
戦後、劇的に増えたソメイヨシノによるもの
と思われます。

けれど、そういった場面で
私たちが抱いたフワフワした高揚感は
古代の人が山中で抱いた感情と
あまり変わりないようにも思えます。

草木が芽吹く春、
膨らむばかりの淡い期待/祈りが
もう実現しちゃう気がする楽天的全能感。

満開の桜の魔力。

今年もよろしくお願いしますよ、桜さん。
待ちかねております。

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